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長男の成長日記 No6 【なぜ告知を母と受けたか】

19年前の長男の出産後2日目に
「ダウン症候群かもしれない」
と里帰り出産していた産院の院長先生から告知を受けました。

 

出産してから院長先生の言動に不安を覚えた私は
院長先生に直接「何かあるのなら言ってください!!」と
お願いしました。

院長先生は夫が週末に来た時に話をするつもりだったようです。

でも私はそれまで待つことが嫌だったのと、
もしかすると夫にしか話さないかもしれないと思ったのです。

なぜかというと・・・・

私は長男の妊娠前に卵巣の手術を受けたことがありました。

夜中に卵巣にあった腫瘍が破裂して内部出血し、
朝まで我慢してしまい救急車で病院に搬送されての手術でした。

退院した時は担当の医師からは特に何も言われず、
完治したものと私は思っていました。

が、
退院から2か月ほど経ったときに夫にこう言われました。

「子宮内に腫瘍が残っていたので、
しばらくしたら婦人科で検診を受けるように
退院の時に医師に言われた。」と

え!なんで?

「自分の体のことなのに、なぜ夫に話すの?」

自分の体の状態の心配より、
自分のことなのに何も知らされていないことに腹が立ちました。

そして、いつ言おうかと考えていた夫を気の毒に思いました。

この経験があったので、
もし自分の子どもに何か問題があるのなら
「自分が最初に聞きたい」
と思って私は院長先生に

「私に話してください!!」
とお願いしたのでした。

私はこの決断は間違っていなかったと思っています。

自分のこととしてしっかり院長先生の言葉をかみしめ、
眠れない夜を過ごしたことで

母親としての決意をすることができました。

母と一緒に聞いたことで冷静でいられたと思っています。
母に感謝です。

余談ですが・・・

その後、知り合った同じダウン症候群の子どものいるお母さんは
出産後すぐには自分の子どもがダウン症候群だと知らされず、

1か月検診で言われた・・しかも夫は退院の時に聞いていたことをその時に知ったと。
夫に全てのストレスを負担させた医師をあまり良く思っていない・・・と。
(この話はまた今後詳しくお話します。)

子育てを主に行うのは母親ですから
正しい情報を信頼した人と聞くことが
大切だと私は思います。

そして
今は声を大きくして言います。

「私はダウン症候群の長男と幸せに暮らしています。」

 

 

長男の成長日記 No5 【眠れぬ夜】

運命の告知の夜のお話です。

ダウン症候群の疑いの告知を受けて
部屋に戻ってからのことはほとんど覚えていません。

母と何を話して、母がいつ帰ったのか・・・
いつの間にか夕食の時間になっていました。

完全個室なので食事も部屋まで運んでくれます。
(これは本当に助かりました。誰かと一緒にはいられなかったと思います)

ベッドに座ったままじっとしてずーっと考えていました。

「ダウン症候群ってどんな病気なの?」
「私に育てられるの?」
「学校とか行けるのかな?」
「差別されたりするのかな?」
「いじめられたりしないかな?」

ダウン症候群について何も知らない私にとって、
分からないことだらけでした。

そのうえ子育て自体が初めてでいったい何がどうなっていくのか、
想像もつきませんでした。
(逆にその方が良かったことものちに分かりますが・・)

夜中に身じろぎもせずに考えていた時に、
キューっとおっぱいが張ってきました。

その時、はっと我に返りました。

そして、はっきりと思ったのです。

「長男を育てていくのは私なんだ。
いろいろ考えたって仕方ない。
おっぱいをあげなくちゃ!」

すぐに、保育器の部屋に向かいました。

そしてミルクを飲ませ
しばらく抱っこさせてもらいました。

告知された日に書いた「信じよう」の一言は今にして思えば、
「私に育てられると信じよう」だったのかもしれません。

一人で部屋に戻って、すぐには寝付けなくて・・
朝日が昇ってくるのを見ていました。

 

長男の成長日記 No4 【運命の告知】

今日は久しぶりの晴れですね。
うれしいですね。

さて、長男の成長日記の最初の山場です。

出産から2日目の夜は長男のいる部屋と自分の部屋を
行ったり来たりしながら過ごして3日目の朝になりました。

朝食がすんだころ院長先生が来て
「旦那さんはいつ来ますか?」
と聞いてきました。

「里帰り出産だったので週末は来る予定です。」と伝えると
「あー。」みたいな顔。

あれ?何?
低体温のことでちょっと敏感になっている私は何となく不安になり・・・

 

「なにかあるんですか?なにかあるなら教えてください。」
と聞いていました。

すると

 

「誰か家族の方を呼んでください。」

え。なに?
(もう不安でドキドキがとまりません。)

 

すぐに母に電話しました。
母が飛んで来てくれました。

その後、診察室に呼ばれて

「息子さんはダウン症候群の疑いがあります。
最終的には検査しないと分かりませんが・・・」

「低体温なのも上手におっぱいが吸えないからだと思います。」

「心音などからは心臓は合併症が無いと思いますが、
医大に紹介状を書きますから、
こちらを退院したら受診して検査を受けてください。」

こんなようなことを言われたと思います。
ただなんだか院長先生の言葉が遠くに聞こえて
よくわからなかったような覚えもあります。

「とにかく体温が上がって体重が増えるように哺乳瓶でミルクを飲ませます。
もちろんおっぱいを吸わせても大丈夫。」

「眠れなかったら睡眠薬を処方しますよ。
ただしその場合はおっぱいは飲ませられません。」

 

もはや、なにを言われても聞こえない感じです。

 

どうして!どうして!

 

その時の頭の中はそればかりでした。

部屋に戻ってからのことはあまり覚えていません。
いつ母が帰ったのかも覚えていません。

そして、その日の日記には

と書いていました。

その日の夜は一睡もせずに朝を迎えました。

 

 

知的障がいの子どもが産まれたら良い母親にならなければいけない?

14年前に長男が産まれて2日目に「ダウン症候群の可能性があります。」と告知をされました。

その時は何をどうすれば良いのか分からず眠れない夜を過ごしました。
そして、何となく「私の人生はどうなるんだろう・・・」と考えていました。

これまで長男の子育てをしながら強く感じているのは、「長男が私を育ててくれた」という事です。
長男がダウン症候群だと友人に告げると「きっと貴方なら育てられると神様が思ったから授かったのよ。」と言ってくれるのですが

私は「自分が無知で未熟であるからこそ長男が来てくれたんだ。」と痛感しています。

最初から何でも出来る人なんていないと思うのです。
少しずつ少しずつ出来ていけばいいんです。
私も最初は何も分かっていなかったし、できていませんでした。

自分の人生も子どもの人生もどちらも大切です。
なにかを諦めたり我慢したりする必要はありません。
趣味を続けたり仕事を続けたり、飲みに行ったりしてもいいんです。

ただ、知的障がいの子どもを育てて行くには、ここは外せない!!という事柄が、知的障がいのない子どもの場合に比べてちょっと多いのです。

子育ての基本は「子どもが自立して生きていけるように親としてサポートする事」と私は考えます。

子どもの幸せの為に、自分の人生も楽しみながら生きていく。

親子、手

産まれてきてくれた命は生きていく力を持っていると私は長男の子育てを通じて実感しています。

 

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