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長男の成長日記 子育てのはじまり

長男がダウン症候群であるという告知を受けてからも、長男は育っておりミルクでの授乳やおっぱいでの授乳の練習をしながら看護師さんたちに励まされながら病院で1週間過ごしました。

いよいよ退院の時は少し緊張していました。

夫と一緒に産院で最後の診察を受け、注意事項などを聞きました。
そして、早めに大学病院で受診をするようにと紹介状をもらいました。

里帰り出産だったので、実家に1か月ほどお世話になる予定でした。
最初から全く一人になるわけではなかったけれど、日中は一人で長男を育てていかなければならないと思ったら少し怖かったです。

おっぱいが上手に吸えず授乳に本当に苦労しました。
ミルクとの混合で何とか・・・

そしてダウン症候群の赤ちゃんにありがちな便秘。
筋肉量が少ないので上手く踏ん張れずなかなか出せない・・・
入院中は出ていたのに、退院してからなかなか出ず、退院後4日目にやっと出ました。

この授乳と便秘にこの後ずっと悩まされることになります。

 

 

長男の成長日記 眠れぬ夜

運命の告知の夜のお話です。

ダウン症候群の疑いの告知を受けて部屋に戻ってからのことはほとんど覚えていません。
母と何を話して、母がいつ帰ったのか・・・
いつの間にか夕食の時間になっていました。
完全個室なので食事も部屋まで運んでくれます。
(これは本当に助かりました。誰かと一緒にはいられなかったと思います)

ベッドに座ったままじっとしてずーっと考えていました。

「ダウン症候群ってどんな病気なの?」
「私に育てられるの?」
「学校とか行けるのかな?」
「差別されたりするのかな?」
「いじめられたりしないかな?」

ダウン症候群について何も知らない私にとって、分からないことだらけでした。
そのうえ子育て自体が初めてでいったい何がどうなっていくのか、想像もつきませんでした。
(逆にその方が良かったことものちに分かりますが・・)

夜中に身じろぎもせずに考えていた時に、キューっとおっぱいが張ってきました。

その時、はっと我に返りました。
そして、はっきりと思ったのです。

「長男を育てていくのは私なんだ。いろいろ考えたって仕方ない。おっぱいをあげなくちゃ!」

すぐに、保育器の部屋に向かいました。
そしてミルクを飲ませしばらく抱っこさせてもらいました。

告知された日に書いた「信じよう」の一言は今にして思えば、「私に育てられると信じよう」だったのかもしれません。

一人で部屋に戻って、すぐには寝付けなくて朝日が昇ってくるのを見ていました。

 

長男の成長日記 運命の告知

今日は久しぶりの晴れですね。
うれしいですね。

さて、長男の成長日記の最初の山場です。

出産から2日目の夜は長男のいる部屋と自分の部屋を行ったり来たりしながら過ごして3日目の朝になりました。

朝食がすんだころ院長先生が来て「旦那さんはいつ来ますか?」と聞いてきました。
「里帰り出産だったので週末は来る予定です。」と伝えると「あー。」みたいな顔。

あれ?何?
低体温のことでちょっと敏感になっている私は何となく不安になり・・・

「なにかあるんですか?なにかあるなら教えてください。」と聞いていました。

すると

 

「誰か家族の方を呼んでください。」

え。なに?
(もう不安でドキドキがとまりません。)

 

すぐに母に電話しました。
母が飛んで来てくれました。

その後、診察室に呼ばれて

「息子さんはダウン症候群の疑いがあります。最終的には検査しないと分かりませんが・・・」
「低体温なのも上手におっぱいが吸えないからだと思います。」
「心音などからは心臓は合併症が無いと思いますが、医大に紹介状を書きますから、こちらを退院したら受診して検査を受けてください。」

こんなようなことを言われたと思います。
ただなんだか院長先生の言葉が遠くに聞こえてよくわからなかったような覚えもあります。

「とにかく体温が上がって体重が増えるように哺乳瓶でミルクを飲ませます。もちろんおっぱいを吸わせても大丈夫。」
「眠れなかったら睡眠薬を処方しますよ。ただしその場合はおっぱいは飲ませられません。」

もはや、なにを言われても聞こえない感じです。

 

どうして!どうして!

 

その時の頭の中はそればかりでした。

部屋に戻ってからのことはあまり覚えていません。

 

そして、その日の日記には

と書いていました。

その日の夜は一睡もせずに朝を迎えました。

 

 

長男の成長日記 低体温で保育器に

もうすぐ誕生日の長男の誕生会の詳細を家族で決めました。
本人の意思と長女の意向を確認して、お寿司とケーキでお祝いすることに決まりました。

さて、長男が生まれた日はぐったりしつつも一緒に過ごせるのをとても幸せに感じていました。
里帰り出産で選んだ産院は「母子同室(個室)」「完全母乳」でした。

次の日の日記には
「朝までほとんど泣かず眠っている。何度か吸わせてみたが
まだ強く吸ってくれない。泣けば口が開くので今日の夜あたりからとのこと。

早くもっと泣かないかなあ・・」

と書いてある。
かなり不安に感じているのが分かる。

その日の夕食のときに院長先生が部屋に来て

「母乳がうまく飲めず、体温が低いので保育器で温めて哺乳瓶でミルクを飲ませましょう。」と。

哺乳瓶では吸えているよう。

保育器のある部屋は看護師さんの控室の隣の部屋で、看護師さんからは「いつでも抱っこしに来ていいからね。」と言ってもらいホッとする。
3時間おきに行っては抱っこさせてもらったり、哺乳瓶での授乳をさせてもらったりしていた。

 

でも

 

院長先生の言い方に何か引っかかるものを感じていたようで、その日の日記の最後には

「体温が低いのは何か理由があるらしい・・・気になる。」と書いていた。

そして次の日は忘れられない日になる。

次の記事に続きます。

長男の成長日記 妊娠を喜ぶ私

今日は自動車税の減免の手続きの書類を投函しました。
愛の手帳を持っていることで様々な支援があるのですが、療育や定期的な検診のために病院に通うので車が必需品な私たちにとってはありがたい支援です。
この申請は毎年10月に行うので、申請の書類が送られてきます。
このように1年を通して様々な申請や手続きを行うので私は夫に分かるようにファイリングしています。

さて、今日は前回お伝えした長男の成長日記についてです。

実はこの日記は長男の妊娠が分かった時から書いています。

初めて病院に行って妊娠が分かったこと、夫にメールしたこと、つわりがひどくて通勤が大変になってきたこと、母子手帳をもらいにいったこと、検診のことなど、本当に細かく書いてありました。
私が妊娠を喜んでいる気持ちが本当に良くわかります。

なぜなら

私は長男の妊娠までに一度の流産と卵巣の手術を受けていたからです。
流産は結婚してすぐに、卵巣手術はその一年後でした。
どこかで「私は子どもは産めないかもしれない・・」と思っていました。

妊娠が分かったときは本当に嬉しくて、もちろん夫も喜んでくれて。
でも、流産しやすい体質なのか安定期に入るまでは気を付けるように言われていて。
安定期に入ってからは本当に順調で。

生まれてくる日の日記は明け方から痛くなっていて書いている文字がよれっています。
その日の夜に破水して里帰り出産だったので父の運転で病院に行きました。
夜の11時に分娩室に入ってからが長くて次の日の朝の4時に生まれました。

「うれしい気持ちでいっぱいになる。」と生まれた日の日記の最後に書いていました。

 

そして

 

次の日から不安な日々が始まったのでした。

次の記事に続きます。

 

長男の成長日記 

すっかり秋の風が吹いていますね。
皆様、お元気でお過ごしでしょうか?

10月は長男の誕生月です。
受給者証の更新手続きで、面談やら書類の提出やらに追われています。

断捨離も少しずつ始めていて、リビングの棚を整理していたら子育て中に書いていた日記が出てきました。

懐かしいなあと中を眺めながらすっかり忘れていたことも書いてあってびっくり。
ちょうど、長男が来年20歳になるのでこれまでの経過などを記録しておこうと思っていたので大助かり。
ブログにも書いていこうと思いました。

第一子だったのでとても神経質になっていたのがわかります。
毎日の様子を事細かに書いていました。(今ではできなーい)

記入する形は年齢によって変化していますが、保育園に入園するまでの約5年間で3冊にもなっていました。
書いている内容もちょっとずつお見せしながら私の長男の子育てを書いていきたいと思います。

どうぞ次回からお楽しみに!!

自分のための時間をつくる

今年の4月から長男は福祉就労に、長女は高校に入学と生活の流れが変わりました。
私は子どもが生まれてからずっと思っていたことがありました。

「子育てが落ち着いたら自分のやりたいことをしたい!」

子育てが落ち着くなんてことは障がいのある長男の場合はこれで終わり!!みたいなことはないのです。(ふつうは自分でできることが増えて自立して親から離れていきますよね。)

でも、長男のステージが上がったことと長女も自分のことは基本的に自分でできるようになったので、やりたいことをやってみようと思っていました。

では何を?
と考えているときにとても良い出会いがあり6月の終わりからある勉強を始めました。

それは

「アロマテラピー」

実は結婚した当初から興味があり正しく学んで生活に取り入れたいなあと思っていたのですが、長男が生まれてから、緊急の学び(保育士取得やファイナンシャルプランナー取得など・・・)や親の会の活動が忙しく、ずっと置き去りにしていました。

そんな時、信頼できる講師との出会いがあり「ああ、やっぱり学びたい!!」と思い、スタートしました。

講座は全部で12回あり、そのたびに宿題や復習もあるのですが、レッスンに行くのが本当に楽しみです。
ご自宅の教室に伺うのですが、ご自宅の雰囲気が素晴らしいのです。

お庭の見えるお部屋でゆったりとした気持ちで受講しています。
(ソーシャルディスタンス対策もばっちり行ってくださっています。)

知的障がいのある子どもがいるとついつい自分のことは後回しになりがちです。
今すぐに実現できなくても自分のライフプランもたてて、何年後にはこれをやろう!!と決めて生活すると楽しみも増えるのではと私は考えます。
子どものために生きる人生ではなく、自分の人生も楽しんで生きる。

そして、家族全体の人生も楽しく過ごしていきたいと思っています。

新型コロナウイルス自粛生活で得たもの 長女編

今回は長女との生活について書いてみます。
4月に新高校生として新しい世界が始まる予定だった長女

4月に一度、入学式で学校に行ってからはずーっと自宅学習の日々。

送られたくる課題をこなしたり、オンラインで様々な情報がくるので確認したり、Eポートフォリオを入力したり、課題の提出をタブレットやパソコンで送ったり・・・
普通の高校生生活とは一味違う日々を過ごしてそれなりに忙しい毎日でした。

そんな中特に感じたのが

1、一緒に勉強をする時間が増えた
中学の時も割とリビングで勉強することが多く、分からないことがあると仕事や家事をしている私に聞いてくることがありました。
しかし、今回はいつ学校が始まるか分からないので、教科書の予習をなるべく進めておこうということになり、数学などは教科書を読むだけではわからない~と泣きついてきました。
教科書の説明を補足して問題集を一緒に解きました。
数Ⅰくらいならなんとかついていけますが・・・仕事とは違った脳を使うので楽しい時間でもありました。

数学以外はなんとか自分で予習できたようです。

2、将来について話す時間が増えた
もともと、私と色々な話をしているので(恋の話はしてくれませんが・・)、どんな社会人になりたいか、どんな職業に就きたいかなどは話しているつもりでした。
しかし、高校1年の2学期には理系か文系かを決めなければならず、どの大学に行くかについて具体的に考えなければならず、これまで以上につっこんだ話をするようになりました。

私自身がどのように大学を選んだかとか、会社に入って何を思ったかなども話す機会がありました。
自分の10代後半の気持ちを思い出しながら話をしました。
このおかげで私自身の今後のやりたいことや生き方などもじっくり考えるきっかけになりました。

子育ては自分の人生の道をもう一度たどれるチャンスなのだなと今回の自粛時間の中での長女との時間で感じました。
長女の将来に更なる光が差すよう親として全力でサポートしていきます。

 

 

健康第一 仕事をしながらの子育てや介護でぐったり

長男も長女も新学年になり、ゴールデンウイークの予定をたてていた4月中旬にいつもの頭痛が始まり、寝ていればそのうち良くなるかな・・なんて思っていたら

頭痛はどんどんひどくなり、吐き気が止まらず何も食べられず歩くものままならない状態になってしまいました。

熱も上がり、鼻水も止まらず病院を何軒もはしごしたのですが、一向に良くなりません。

いつもなら寝ていれば良くなる頭痛も激しくなる一方です。

長男の学校への送りを夫に頼んだり、実家の母に来てもらい家事を頼んだりしていましたが、ゴールデンウィーク中に救急病院に駆け込むと

「なぜもっと早く来なかったの!」

と、夫とともに院長先生に怒られ、各種検査をして点滴となりました。

片頭痛、副鼻腔炎、気管支炎、脱水症状・・・あらゆる症状が出て、言われたのが

「過労ですね。」
「一つでも抱えているものを何とかしなければ、もっと大変な事になりますよ。」

これまでの状況を丁寧に聞き取ってくださった先生の言葉はとても沁みました。

障害のある長男の朝の学校への送りの付き添いや日常生活のフォロー
長女の塾通いのサポート
伯父の介護(私が倒れる2週間前に誤嚥性肺炎で再入院)
伯母の介護(買い物やお風呂の介助など)
抱えていた仕事が3つ
実家の両親のサポート

自分では大丈夫だと思っていましたが、抱えていた様々な問題が一気に変化して私の体と心が悲鳴をあげたようです。

救急での点滴から1か月ほど過ぎ、やっと体調が戻ってきました。

無理はいけません。
抱えている問題の改善を家族みんなで話し合いました。

子育ても介護も絶対的に抱えるのは女性(母や娘)です。
頑張り過ぎなくて良い社会になって欲しいなあと痛感しました。

知的障がいの子どもが産まれたら良い母親にならなければいけない?

14年前に長男が産まれて2日目に「ダウン症候群の可能性があります。」と告知をされました。

その時は何をどうすれば良いのか分からず眠れない夜を過ごしました。
そして、何となく「私の人生はどうなるんだろう・・・」と考えていました。

これまで長男の子育てをしながら強く感じているのは、「長男が私を育ててくれた」という事です。
長男がダウン症候群だと友人に告げると「きっと貴方なら育てられると神様が思ったから授かったのよ。」と言ってくれるのですが

私は「自分が無知で未熟であるからこそ長男が来てくれたんだ。」と痛感しています。

最初から何でも出来る人なんていないと思うのです。
少しずつ少しずつ出来ていけばいいんです。
私も最初は何も分かっていなかったし、できていませんでした。

自分の人生も子どもの人生もどちらも大切です。
なにかを諦めたり我慢したりする必要はありません。
趣味を続けたり仕事を続けたり、飲みに行ったりしてもいいんです。

ただ、知的障がいの子どもを育てて行くには、ここは外せない!!という事柄が、知的障がいのない子どもの場合に比べてちょっと多いのです。

子育ての基本は「子どもが自立して生きていけるように親としてサポートする事」と私は考えます。

子どもの幸せの為に、自分の人生も楽しみながら生きていく。

親子、手

産まれてきてくれた命は生きていく力を持っていると私は長男の子育てを通じて実感しています。

 

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