カテゴリー別アーカイブ: 子育て

健康第一 仕事をしながらの子育てや介護でぐったり

長男も長女も新学年になり、ゴールデンウイークの予定をたてていた4月中旬にいつもの頭痛が始まり、寝ていればそのうち良くなるかな・・なんて思っていたら

頭痛はどんどんひどくなり、吐き気が止まらず何も食べられず歩くものままならない状態になってしまいました。

熱も上がり、鼻水も止まらず病院を何軒もはしごしたのですが、一向に良くなりません。

いつもなら寝ていれば良くなる頭痛も激しくなる一方です。

長男の学校への送りを夫に頼んだり、実家の母に来てもらい家事を頼んだりしていましたが、ゴールデンウィーク中に救急病院に駆け込むと

「なぜもっと早く来なかったの!」

と、夫とともに院長先生に怒られ、各種検査をして点滴となりました。

片頭痛、副鼻腔炎、気管支炎、脱水症状・・・あらゆる症状が出て、言われたのが

「過労ですね。」
「一つでも抱えているものを何とかしなければ、もっと大変な事になりますよ。」

これまでの状況を丁寧に聞き取ってくださった先生の言葉はとても沁みました。

障害のある長男の朝の学校への送りの付き添いや日常生活のフォロー
長女の塾通いのサポート
伯父の介護(私が倒れる2週間前に誤嚥性肺炎で再入院)
伯母の介護(買い物やお風呂の介助など)
抱えていた仕事が3つ
実家の両親のサポート

自分では大丈夫だと思っていましたが、抱えていた様々な問題が一気に変化して私の体と心が悲鳴をあげたようです。

救急での点滴から1か月ほど過ぎ、やっと体調が戻ってきました。

無理はいけません。
抱えている問題の改善を家族みんなで話し合いました。

子育ても介護も絶対的に抱えるのは女性(母や娘)です。
頑張り過ぎなくて良い社会になって欲しいなあと痛感しました。

かなりのクオリティです

長男の通学している特別支援学校では、高等部になると授業で作成している製品の紹介や販売などがあります。
長男は高等部1年の時に陶芸班になり、作業の時間に様々な焼き物を作っていました。
1学期の学校公開の際には粘土をのばしたり模様をつけたりと集中して頑張っている姿を見る事が出来ました。
学校の50周年の行事もあり「花器」を作っていたのですが、これが本当にデザインも素晴らしくて販売があれば絶対に買わなくちゃ!!と思っていました。

ちょっとお花を挿せる形です。

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実際に挿してみるとこんな感じ。(挿し方がイマイチだわ~)

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もちろん先生のフォローが大きいですが、少しずつ少しずつ積み上げて製品を完成させていきます。
祖母たちも欲しいという事で4セット購入しました。

販売の日には他の「布班」「工芸班」のみんなの製品も購入しました。

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これ以外にもまだまだたくさん製品を作っています。
積み上げてしっかり出来るようになる長男たちの事をもっと知ってもらいたいと心から思う製品ばかりです。
サポートして下さる方がいれば、知的障がいがあっても生産性のある仕事は出来ると私は常々思っています。

就労や仕事の場が広がって自立の方法の選択肢がより増えると良いのになと感じています。

特別支援学校の生徒たちの能力をもっと知って欲しいなあ。

 

 

一人登校の始まり その⑤

夏休みももうすぐ終わりですね。
2学期が始まるという事は私の通学の付き添いも再開です。

1学期中の通学でのハプニングはまだまだあります。

今回は「母が電車に乗れない?!」です。

その日は到着したいつもの電車に乗ろうとすると超満員。
どうやら何かあって電車が止まっていた時間があったようです。
乗り込もうとする長男に「この電車は混んでいるから次の電車にしよう。」と声を掛けましたが、案の定、答えは「やだ!!」

整列して乗る気満々です。
先に電車に長男が乗り込んだので私も・・・と思ったら、一歩も入る隙がありません。
足をステップにかけようとしても最前列にいる乗客の皆さんは全く動く気配がありません。

長男はすでにちょっと奥に乗っています。
このまま私が乗らない訳にはいきません。
もう一度乗り込もうとしますが駄目です。
(皆さんなんとなくもうあきらめなよ~って雰囲気です)

「どうしよう、なんて言えばいいんだろう・・・」
「長男一人でこんな混んだ電車に乗って一人で降りれるだろうか?」
「乗り過ごしたらすぐに見つけられない・・」
一瞬で色々と考えます。

ドアが閉まるまでには絶対に乗らなければなりません。
でも言葉が出てきません。

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なんとかドアが閉まらないように足をかけたまま
独り言のように「●●(長男の名前)と一緒に乗りたい・・」とつぶやいた時、ちょっと奥にいた長男が「ママ・・」と言って私に向かって手を伸ばしてきました。

その様子を見て乗客の皆さんが「あ!」と思ってくださったのか、ちょっとずつ皆さんが動いてくださり私が入り込む隙間が出来ました。
こんなに嬉しかった瞬間はありません。
「すみません。」と言いながら、長男の手を取り無事に乗り込むことが出来ました。

後で冷静になって考えてみたら「知的障がいの子どもが先に乗っているので私も乗せて下さい。」と言えば良かったのだと思いました。
でも、とっさにはその言葉は出てきませんでした。
今回は母の私にとっての経験になりました。
次回はたぶん躊躇なくこの言葉が言えると思います。

この話にはおまけがあって、ほっとして次の駅で降りようと思い長男を見ると、乗るときにしていたはずの制服のネクタイがなくなっていました。
長男は自分でネクタイを結べないので、後ろでフックで留められるネクタイを使用してます。
満員電車で体を小さくした時にホックが外れてしまったようです。
長男の足元を見ようとしますが、何せ満員で見えません。
満員電車の上、降りる駅は他の乗客の乗換駅でもあるのでかなりの人がこの駅で降ります。
電車のドアが開いた瞬間、長男の手を取りながら足元を見ると、ありました!!
凄い勢いでかがんで拾いました。(皆さんに蹴られるかと思いました・・・)
なんとも盛沢山な5分の乗車でした。

誰もが生きていく意味がある

ある朝、長女が突然言いました。

「明日もいい日になりますように・・・」

言った本人もびっくりして私と顔を見合わせます。

この言葉は、まだ長男長女が幼児の頃、寝る前に私が必ず言っていた言葉です。

子どもたちを寝かしつけながら私も一緒に眠っていて、部屋の電気を消す前に必ずこの一言を言っていたのでした。
いつの間にか言わなくなり私自身もすっかり忘れていた一言でした。

この頃は子育て真っ最中という感じで1日があっという間でした。
今日も無事に一日が終わって楽しかったね。という気持ちで言っていた記憶があります。
もしかしたらこの言葉で自分を奮い立たせていたのかもしれません。

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その頃から10年以上が経ち、両手を繋ぎながら寝ていた子ども達は、今では一人で寝るようになりました。
長男の成長が心配で不安もありましたが、今ではたくさんの事が一人で出来るようになりました。
長女は長男の事を気にしつつも中学生ライフを楽しんでいます。

二人とも私の宝物です。

長男には私が知らなかった事をたくさん教えてもらい、長女にはもう一度育っていく体験をさせてもらっています。
この世に、必要のない命などないと心から実感しています。

相模原の悲しい事件から1年が過ぎ、改めて思います。
知的障がいのある人もない人もその命に輝きがあり、家族にとってかけがえのない存在であるという事。

差別は無くならないかもしれないけれど、正しい理解が広がる事を望みます。

一人登校の始まり その①

4月になって我が家で大きな変化だったことは

「長男の電車通学」

です。

特別支援学校に通学している長男。
他市にある学校に通学するには、中学部まではスクールバスに乗っていました。

高校生になったらスクールバスには乗れず、基本「自主登校」
つまり、一人で登校です。
中学に入学した時からこれは分かっていた事なので、計画的に自主登校出来るように練習をしてきました。
最初は、家から一番近い路線バスのバス停から、学校近くのバス停まで行けるので、路線バスを使って登校するつもりでした。
練習の様子はこちらのブログをお読みください。➡自主登校の課題

中学3年になってからは練習の回数を増やし、ほぼ路線バスを使って登校するつもりでした。
が、12月に一度学校から電車を使って帰宅した事があり、その後は頑としてバス停には行かず、電車での練習を繰り返しました。

中学を卒業してどっちの方法にするか悩みました。

バスは時間はかからない、遅れる可能性が大きい、雨の日は激混み、途中駅に寄るので出入りが激しい。

電車は自宅から駅、駅から学校までの道のりが長い、混んでいて上手に下車できるか不安、遅れたときに対応できるか不安、車両によってはすいている。

夫と相談して、長男にも確認して「電車」を選択しました。

しかし、付き添わないと一人での登校はまだ出来ません。
私が学校まで付き添って送り迎えをしています。

入学式の翌日からハプニング満載です。
その②以降の記事をどうぞお楽しみに。

自分で選ぶ習慣を意識する

4月になりましたね。
我が家では長男が高校へ、長女が中学へ進学となり、生活が一変しました。

お弁当作りや学校への送迎でフラフラです。
詳しくは別記事でお伝えします。

さて、春休みに長男は放課後等デイサービスでカラオケに出かけました。
その際に、「好きな曲を5,6曲書いたメモを持ってきてください。」との連絡がありました。
しゃべるのが上手でない長男。
リクエストのメモを作るときに我が家では以下のようにしています。

1、本人に好きなCDを選んで持ってきてもらう
2、CDのケースや歌詞カードの曲名を見せて指さしで選んでもらう
3、私が曲名を復唱してメモに記入する

実際のメモがこちら↓↓↓

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曲名の他に検索するときに分かりやすいように番組名や歌手名を入れました。

放課後等デイサービスの指導員さんとこのメモを見ながらリクエストを入れて大いに歌ったそうです。
歌った曲に〇が付けられて帰ってきたので、母の私にも何を歌ったか分かります。
帰って来てから、このメモを見ながらその時の様子について聞いたりもできます。

ついつい親が何でも決めてしまいがちですが、知的障がいがあっても自分で選びたい気持ちや選べる力はあります。
長男に「カラオケで何を歌いたい?」と聞いても何も答えられないですが、選べる状況を作ってあげればしゃべらなくても答えることが出来ます。

「自分で選ぶこと」これは知的障がいのある人が豊かに暮らす為にとても大切な事です。

どんな小さな事でも、その都度聞いて自分選ぶ習慣を学齢期の頃から意識して行くと良いですね。

個別相談会では担当している日が決まっています

4月になりましたね。
新年度のスタートです。

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新しい環境で始める方、新しい目標を持って進み始める方・・・様々いらっしゃるのではないでしょうか?

我が家は長男、長女共に進学で二人とも入学式があります。
私自身の動きもかなり変化がある予定なので、今から少しドキドキしています。

日々の流れが落ち着いたら長いスパンでの計画にもスタートをきってみてはいかがでしょうか?

先日お知らせしたゆうちょ財団の個別相談会では、知的障がいのある方のライフプランとそのご家族のライフプランのご相談を行っています。
4月より始まった相談会の相談員として私もお手伝いさせていただきます。

ちょっと先のことも考えて準備していきたいな・・・と思っている方はぜひご検討ください。
相談員は複数いらっしゃるのでもし濱倉に相談したいなあと思っていただけましたら、
4月20日、27日
5月18日、25日
6月15日、22日に申し込んで頂けますと確実です。

通常の相談の方法ももちろん受け付けております。
ご家族にとって良い方法を選んで頂けましたらと思います。

普段から当たり前にやってもらえるようにしておく

知的障がいのある子どもが家族にいる場合、特にやっておくべき事があります。

それは「情報の共有」
分かりやすく言うと、「お母さん一人が分かっていてはいけない!」という事です。

知的に障がいのあるお子さんがいる場合、生まれてすぐ始まる療育や学校関連の手続き、福祉の手続きなどはどうしても母親がやらざるを得ない状況になります。
学校への持ち物や朝の準備なども当然母親の仕事になります。

すると、無意識のうちに母親と父親の子どもに対する距離感が変化してきます。
この距離が広がれば広がるほど、母親のイライラと虚しさは大きくなります。
そして益々、自分一人でなんでもやってしまうようになってしまうのです。

母親もいつも健康でいつまでも元気でいられるはずはありません。
母親が動けなくなると家族の動きが止まってしまいます。

我が家ではこの冬に私がインフルエンザに罹った事で実感しています。
詳しくはこちらのブログ記事をご覧ください➡インフルエンザ騒動

我が家では福祉サービスの手続きの書類などは一つのファイルにまとめて誰の目で見てもわかるようにしています。
夫とも定期的に子どもについて話をするようにしています。

しかし、学校への朝の支度については細かく伝えていなかったので、今回のインフルエンザ騒動の時もフラフラになりながら通学用のリュックの荷物の準備は私が行いました。
(連絡帳の記入も含めて・・・・)
もしかしたら夫に頼んだらできたのかもしれません。

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でも、これまで最初から最後まで頼んだことがなく、忘れ物があってはならないと思い、ついつい私がやってしまったのでした。

ちなみに通学用のリュックの荷物の支度は以下の内容です。

体育着の準備(ジャージのズボンと長袖の体育着を専用の袋に入れる)
給食袋の準備(給食の際に着るエプロン、帽子、マスク、袋を前日にアイロンがけして入れる)
放課後等デイサービスもしくは学童で着替える洋服の準備(着替え専用の袋に制服後に着る洋服を入れる)
水筒の準備(麦茶を入れる)
連絡帳の準備(学校と学童の連絡帳に今日の予定等を書いて入れる)

月曜日には上履きの準備なども加わります。

私が動けない朝に朝食の準備をしながらこれだけのことを急にやろうと思ってもたぶん無理でしょう。

元気な時にこそ、手伝ってもらいたい人にはやってもらいましょう!!

そのほうがお互いにストレスなく過ごせます。

これは親なき後の準備などにも言えることです。
いつかやらなければならない事なら、やれる時に少しずつ進めていく。

これは子どもにとっても親にとっても大切なことです。

15年前に出した手紙が届きました

こんにちは、急に寒くなりましたね。

体調は充分注意して過ごしたいですね。
さて、夏ごろにこんな葉書が届きました。

15年後の手紙案内はがき

すっかり忘れていたのですが、15年前に長男が産まれた年の東京都の広報に載っていた企画で「タイムカプセル~我が子への手紙~」という、15年後に子ども宛に出す手紙の募集でした。

広報誌で見た時は、長男が産まれたばかりの頃だったように思います。
凄く悩んで出すことに決めて、夫と一緒に手紙を書いたのでした。(夫が書いたのは本人から言われるまで忘れていました・・・)
ダウン症候群である長男が15歳の時に生きているだろうか・・・手紙を読んで内容を理解できるだろうか・・・
様々悩んで、今の自分の気持ちのメモのつもりで書きました。

開封式には行けないので欠席のお知らせをしたところ、開封式後に順次登録してある住所に送ってくれるとの事でした。

すると昨日、こんなお知らせと一緒に、書いた手紙が届きました。

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実はもうすぐ長男の15歳の誕生日がやってきます。

夫と相談して、その日に手紙を開ける事にしました。

 

15年前の自分の気持ちと向き合うのがちょっと怖い気もしますが、楽しみにしています。

開封したらまたご報告しますね。

知的障がいの子どもが産まれたら良い母親にならなければいけない?

14年前に長男が産まれて2日目に「ダウン症候群の可能性があります。」と告知をされました。

その時は何をどうすれば良いのか分からず眠れない夜を過ごしました。
そして、何となく「私の人生はどうなるんだろう・・・」と考えていました。

これまで長男の子育てをしながら強く感じているのは、「長男が私を育ててくれた」という事です。
長男がダウン症候群だと友人に告げると「きっと貴方なら育てられると神様が思ったから授かったのよ。」と言ってくれるのですが

私は「自分が無知で未熟であるからこそ長男が来てくれたんだ。」と痛感しています。

最初から何でも出来る人なんていないと思うのです。
少しずつ少しずつ出来ていけばいいんです。
私も最初は何も分かっていなかったし、できていませんでした。

自分の人生も子どもの人生もどちらも大切です。
なにかを諦めたり我慢したりする必要はありません。
趣味を続けたり仕事を続けたり、飲みに行ったりしてもいいんです。

ただ、知的障がいの子どもを育てて行くには、ここは外せない!!という事柄が、知的障がいのない子どもの場合に比べてちょっと多いのです。

子育ての基本は「子どもが自立して生きていけるように親としてサポートする事」と私は考えます。

子どもの幸せの為に、自分の人生も楽しみながら生きていく。

親子、手

産まれてきてくれた命は生きていく力を持っていると私は長男の子育てを通じて実感しています。

 

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